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2011年 夏の旅(4)サンフランシスコ [仲良くごはん]

8/11(木)今日はあかねさんとお会いする。
Mission St. と 10th St. のCafe Cumaicaでお昼前に待ち合わせ。少し早くに到着したので、カフェラテを注文しに行ったら、レジの横のバナナケーキが目に入り、思わず注文。サイズがやや大きくて、味もおいしい。アメリカって量が多いからいいな。日本はやっぱり少食なんだろうか。アメリカだと物足りない感がない。地元の人たちなごんでいて、雰囲気の良いカフェ。

あかねさんはベイエリアのNPOであるJPRNの事務局長で、ベイエリアの市民活動にとても詳しい方。部落や在日の問題についてもよくご存知で、日本の団体や個人へのマイノリティの視点を踏まえた視察ツアーを企画されている。後輩たちのサンフランシスコでのスタディツアーのコーディネートを依頼させていただいたこともある。数年前に日本でお会いして以来だったので、今回ぜひお会いしたいとご連絡したところ、お忙しい中、快く引き受けてくださった。以前、日系アメリカ人の中で部落差別があった、と友人から聞いたことがあったので、もしそのことについてお話を聞かせてもらえる方がいらっしゃったらお会いしたいのですが、、、とご相談したところ「残念ながらそういう方は見当たらないが、黒人と日本人の間に生まれた友人を紹介することができます」とありがたいお返事をくださった。

あかねさん、間もなくフレッドさんがいらっしゃった。フレッドさん、とても優しそうな中年の男性。自己紹介をし、フレッドさんにご自身の生い立ちを聞かせていただきたい、とお願いする。“ハーフ”でもなく、“ダブル”でもなく、自分のことを“あいのこ”と呼んでおられた。「あいのこ、あいのこ、って言われていじめられた。そのことを隠さない呼び方の方がいいでしょ?」って。幼い頃暮らした日本では“ヘンな日本人”と言われ、アメリカでは黒人でも日系人でもないというまなざしを受け、大学では日系アメリカ人のクラブへの入会を拒否された、ということだった。

同じく“あいのこ”のサブリナさんもいらっしゃって、 お話を聞く。お二人は部落問題についてもとても関心を持ってくださり、あかねさんに通訳をお願いし、日本での当事者運動の状況や差別の実態、出身者が見えない存在であること、自分や取り組んでいきたいこと、など語れる範囲でお伝えした。印象に残っているのが、「identityの問題だけではなくて、powerをどう獲得するかが重要。戦略を持って運動しないといけない。マイノリティのグループが互いに排除し合うことがよくあるが、異なるもの同士が連帯し、大きな力にしていかないといけない。silenceは絶対ダメ、声を上げないと。大変だし疲れるけど、声を上げ続けないと状況は後退してしまう。」という話。アメリカ社会の差別がどんなふうに現れるのかも聞かせてもらったため、よけいにズシンときた。何か揉め事があり、警察沙汰になったとき、“白人でないこと”が悪いのはこっちだろう、という見方を導くのに十分だなんて。

アメリカで生き抜くのも生易しくない。でも、こうやって、自分とは何者かを問い、権利を勝ち取るためにそれぞれのやり方で闘っている同志もまたたくさん生きる社会なんだと思った。先人たちの運動により、何が変わり、何がまだ変わってないのかを知り、バトンを受け継がなくては、と思う。時計を見ると2時間半くらいがたっていた。

お二人とお別れして、少しお腹が空いてきたので、別のお店に移動してパンとスープを食べる。その後BARTに乗り、あかねさんにオークランドを案内していただくのだ。
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オークランドもまた、中華系、日系などアジア系の人たちがたくさん住んでいる街。まず駅を降りて、少し歩いて、仏教系の寺院なんだけど、churchと名付けらた建物。お盆のときにはお祭りも行われていて、コミュニティの活動拠点になっているそう。
そこから少し歩くと、チャイナタウン。まず、JPRNの事務所が入っているビルには入り、説明を受けた。もう30年も前にバークレーの学生たちが始めたこの地域のアジア系の人たちの、仕事や医療や福祉をサポートするNPOなど20くらいの団体が入っている。継続し、社会的に認められているとのこと。ビルそのものも、市民活動の拠点になるように、この地域の旧い建築物をリフォームされたらしい。
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アジア系の人たち向けの病院もある。言葉の壁があったら病気したとき大変だもんな。
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薬局の奥に、郵便局もあった。中国語やベトナム語の案内。
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図書館はお年寄りが集まる場所になっていて、行政やNPOが情報を伝える場所としても機能しているんだそう。人が集まる場所がちゃんとある、というのがとても大切だと思った。とりわけマイノリティの人たちにとって。
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さらに中心部へ向かう途中、歩道には路上生活をしていると思われる黒人の男性が目につく。目の前に現れたホテルについて教えてもらう。これは貧しい人たちが最初に入居してくるところで、中はこの家賃でこの条件!?という環境の悪いところらしい。入居者には移民や障害者などが多い。キッチンがないからNPOが提供するスープをもらう場合も少なくない。そういう暮らしの中で必死でお金を貯めて、そこを出て行く人もいる。道路の向こう側に立つその建物を眺めつつ、小さな窓の1つひとつの奥にある生活はどのようなものか、と思った。街は発展が進む地区とそうでない地区の差が激しい。
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最後に市庁舎に連れていってもらった。その名のとおり、大きなオーク(樫)の木が生えていて、その奥に広場。この広場がアメリカの民主主義の象徴。市民が声をあげれば、どうであれ市議会が無視することはなく、何らかの回答を出すという。広場はそのときに市民が集う場所になる。今日はたまたま、ライブが始まろうとしていた。黒人のおっちゃんたちが準備をしている。
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ブルースのライブのようだ。広場の周りに徐々に人が集まり始まった。黒人の人たちが多い。演奏が始まると、初老のカップルが前に出てきて、踊り始めた。とってもかっこ良くて釘付け。筋金入りのステップ!アジア系のおばあちゃんも飛び込んできて、若い男の子と踊っていて楽しそう。こういうところで一緒に踊れるくらいになりたいな〜って思った。どんどん盛り上がっている。今回の旅でJazzライブに行きたいな、と思っていたので、ほんとにラッキーだった。タダだし、地元の人と一緒だし。隣であかねさんと直子さんは、震災の被害や原発事故、広島原爆の話について語り合っている。
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名残惜しいが、そろそろ帰ることに。あかねさんのおかげで本当に充実した一日となった。ありがとうございました!

サンフランシスコに戻り、現代美術館のミュージアムショップでお土産をみよう、ということに。時間がなくてショップのみ。オシャレな雑貨やアクセサリーが売っているのでおすすめ。

いつもの71番に乗って帰路。さぁ、今日の晩ごはんはどうするか。いつもバスで通るおいしいもの屋さん通りのIrving St.の中華料理でテイクアウトしよう!ということに。まだ明かりがついているお店を発見し、降りる。時刻はもうすぐ9時になろうとしていた。北京ダックがぶらさがる店へ。
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おかずが並んでいて、いくつか気になるのがあったけど、おばちゃんが厚揚げの炒め物をおすすめしてくるので、じゃあ、それで!と注文したら、バットに残っていた全部をぎゅうぎゅう詰め込んでくれる。あとはインゲン豆と北京ダック。
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おやじの背中が頼もしい。ここの料理はおいしいだろう、と確信。
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店を出たら、正面にスーパーがあるではないか。直子さんに「ビール買ってくる〜」とダッシュ。今晩は、Samuel Adams にした。レジでおっちゃんが袋に詰めてくれたり、とやさしい。外に出たら、バスが!タイミングばっちり。実は歩こうと思ってたのだ。飛び乗り、無事帰宅。

北京ダック、脂身たっぷりであんまり食べられなかったけど、おばちゃんおすすめの肉ミンチ入り厚揚げ、超おいしかった!!ビールが進む。直子さん、高田渡ファンと知り、一緒に聴く。新潟の旗野父上の話などで盛り上がる。ほろ酔いの私はまたシャワーも浴びずに寝た。
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*フレッドさんについて、下記のHPで知ることができます。
Dream of the water children 
米軍兵士と日本人女性の間に子どもができたとき、家族や親戚に歓迎されないことを理由に中絶されることも多かったそうです。だから、water children(水子)。全部英語なのでたいへんですが、フレッドさんのHP、ぜひ読んでみてください!フレッドさんのような人たちのこともまた現在の日本ではあまり知られていないことだと思います。私もせっせと読んでいるところです。
ブログも書いておられます:AI NO KO

MixRoots Japan
数年前に日本で生まれたミックスルーツの人たちの活動があると知りましたが、フレッドさんとの出会いを通じて、もっと知ってみたいな、と思いました。フレッドさんも関わっているそうです。

JPRN
サンフランシスコ・ベイエリアでのスタディツアーの依頼はぜひこちらに!!

Japan Multicultural Relief Fund
JPRNがベイエリアにいる在日コリアンの友人たちと一緒に立ち上げた、東日本大震災で被災したマイノリティ支援のための基金。東北地方では部落や在日の人たちの運動基盤がなく、どこでどう困っているのかがまだわからない状況のようです。情報があればぜひ教えていただきたいです!

Eclipse Rising
JPRNと共に、上記基金集めに取り組んでいる団体。友人のKさんもメンバーです。注目しています!
「エクリプスライジング(Eclipse Rising)はアメリカのサンフランシスコ・ベイエリアを拠点とした在日コリアンのグループです。国家という枠組みにとらわれない在日コミュニティの基盤を築くことと、一人ひとりのリーダーシップの育成を目的とし2008年に結成されました。エクリプスライジング では、在日特有の歴史性やアイデンティティを大切にし、平等な日本社会そして朝鮮半島の平和的な統一の実現をビジョンとして活動しています。わたしたちは、多様性を尊重し、在日コリアンだけでなく日本の他のマイノリティ、そして世界のマイノリティたちと連帯して差別と闘い、平等を実現するためにさまざまな活動を展開しています。」(HPから転載)

*ブルースのライブで聴いた歌は、Marvin Gaye の What's Going On だった。良い歌だ。

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